意地

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 少年は家路に着くために、夕闇の中を一人歩いていた。  選ばれた人間に、その能力は前触れもなくやってくる。  俺、小関玲次。平凡な高校一年生。今ハマっている事といえば、サッカー部の練習。平凡な男子だ。  俺は、ゆっくりと家に向かって歩いている。でも、家に帰りたくない。  周りの人に追い越されるほどのゆっくりしたスピードで、足を進める。  閑静な住宅街の中を通る。少し都会から外れた景色。もう見慣れている。  一軒の家の前で足を止める。憂鬱な気分が増し、ため息をつく。  俺が自宅に入るのを拒んでいる理由。それは俺と姉の関係がよくないからだ。  毎日顔を合わせるのに、会話もろくにしない。まるで離婚寸前の夫婦のような関係を保っている。  こんな関係になった理由はいたって簡単だ。姉は夜の一定時刻になると、ギターを容赦なく弾きだす。それが五月蝿くて文句を言いに行ったが、『自分のやりたい事を好きな時間にやって、何が悪いんだ!』と返され、口喧嘩になった。  ただの姉弟喧嘩は、みるみるうちに発展し、しばらく会話もしていない。二人とも意地っ張りだから、仲直りのきっかけは一度もなかった。 「ただいま…」  玄関のドアを開ける。  顔を上げると、目の前に姉貴の紗英の姿があった。ちょうど出かける所だったようだ。  鉢合わせ。なんて運が悪いんだ。 「何よ。どいて、邪魔」  最悪な売り言葉だ。 「お前こそ早く出ていけ、鬱陶しい」  紗英は軽く舌打ちをすると、乱暴にドアを閉めて出掛けていった。  お互い怒鳴るわけでもないし、殴り合うわけでもない。氷柱のような言葉のぶつかり合いだ。  冷静に考えれば、幼稚な意地の張り合いだ。  母親は、どこかに出掛けていないようだ。  俺の部屋のドアを、紗英と同じくらい乱暴に開閉し、ベッドに寝転ぶ。必要な物以外は目につかない、シンプルな部屋。 「紗英の奴、マジ大人気ねぇ」  自分の事は棚にあげて、紗英の悪口ばかり。心のどこかでは、謝りたい気持ちだってあるのに…。  俺はそのまま眠りについた。  俺は夢の中で、暗闇と静寂の中にいた。  頭の中で、何処からか声が響いてくる。それは、体の内側からかもしれない。幻想的な声だった。 「あなたは神に選ばれた人間です。これからあなたには、ある選択をしてもらいます。じっくり考えて答えを出して下さい。あなたには、今後他人の心を読む能力が備わります」
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