序章:月は総てを照らす

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    平素より人気のない貧困街の、奥の奥。賑やかな繁華街とはまるで異質の、暗く重く淀んだ空気を纏う街並みの中。 月の光を後光のように浴びて、それはシルエットを浮かび上がらせる。 中肉中背の、男。 脂ぎった髪と太った腹に、薄汚れた服。しかし荒い息遣いをする男の腕は、人間のそれではなかった。 黒光りする硬質そうな肌に、皮膚を貫いて生える棘。指は五本あるが、爪が異常に伸びており拳を握ると骨が待ち遠しそうに鳴った。 「あ、あ……」 その常軌を逸した姿に、少女は後ずさる。 これから何をされるのか。 これからどうなるのか。 その想像が、イメージが。脳内に出来てしまっていたから。その恐怖から、自然と足が身を下がらせた。 「もう…逃げられないからなぁ…」 肩を揺らしながら笑う男は、少女に向けて一歩一歩踏み締めるように近付く。 まるで、少女の怯える様を楽しむかのように。  
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