春の訪れ ~第一幕~

6/10
前へ
/163ページ
次へ
 院長の話は続いた。 しかしながら、彼にはそれを聞く余裕などはもはや無かった。  結核?隔離?…俺が?んな馬鹿な。 俺には感染する理由が無い。  …そういえば、バイトで一緒の時間だった相川が風邪っぽかったけど。 まさかその時に? ふざけんなよ、あの野朗。何で俺が?  何も聞かないうちに、院長の話は終わっていた。  放送が切れた代わりに、今度は煙の様な、粉の様なものが病室に流れて入ってきた。 薬の様なものが挿入された。睡眠薬だ。 彼を連れて行く時に暴れたりする危険性があるからだ。 彼の意識はみるみるうちに失われていく。  俺は、死ぬのか?…いや、さっき収容所に行けとか言ってたから殺しはしないだろう。  つーか、冗談じゃねぇ。 こんな形で死んでたまるかっつーの。 俺にはまだ、やりたい事が…やりたい事…やりたい事って、何だ? 俺は…俺…は――。  彼はそのまま強制的な眠りに就いた。 簡単に目覚める事も無いくらいに、深い眠りに。
/163ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加