第一部 1

6/9
前へ
/134ページ
次へ
   俺は駆け寄り、ソイツの腕を掴んでひき止める事に成功した。  驚いた顔で、俺を見つめるソイツを、抱き締めたい衝動に駈られる。  だけど、なんとか理性を総動員させ、その衝動を押さえ込むことに成功した。  「高校生が援助交際とは、感心できませんね」  意識して口調を変える。  ソイツを怯えさせないために。  こんな風に、誰かを思いやるのはどれぐらい振りだろうな。  「そんな事してません。それより腕離してよ」  意志の強そうな目は、俺が知っている時と何一つ変わらない。  「ですが、エレベーターの所でお金を受け取っていましたよね?」  これが切り札。  だけどソイツは、何も言わずに携帯を取り出した。  そのまま何も言わずに、何処かに電話をかけ始めた。  どうやら、鵜飼に電話したらしいな。  口裏を合わせるつもりなのか?  だが、そんな素振りは全くなかった。  二言、三言話して、携帯を俺に差し出す。  鵜飼と話せという事か。  意図を汲み取り、携帯を受け取った。  『お久しぶりですね。先程は声もかけず失礼しました』  やっぱり気付いていたか…。  「構わない。気付いていたのはお互い様だ」  低い声で話したのは、会話の内容を聞かせたくなかったからだ。
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1371人が本棚に入れています
本棚に追加