1985年8月9日 尾崎 櫻

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いつものように、昼前にバスが店の前を横切っていく。 桜の木を見ながら、「夏」という題名の古びた歌集を読んでいると、女性の声がする。 あのーすみません… 見た感じ、19・20歳位の派手さのない、女性が何か申し訳なさそうに私に話掛けてきた。 お探しものですか? いえ、教授…あ…尾崎教授から頼まれまして…… 生徒さんですか? はい… 大学生か…教授も忙しいとみえる。さて、生徒さんにこの店がどういった物か、分かるだろうか… あのー 「四季」または「紅葉」が写り込むような、歌集か写真集を買ってきなさいと言われたのですが… 尾崎教授からの受け売りだろうか?前に教授がお見えになった際、「探して貰えますか?」と言われていた物だ。 私は、朝整理していた4冊の歌集を彼女に差し出す。 これなら、「四季」ではありませんが、「秋」をテーマにした歌と写真が載っていますよ。 かなり、値段は高いですが… 教授から預かってきました。 と、彼女はハンドバックから封筒を取り出し、私に差し出す。 冊子は、後程、大学の方へ郵送しましょうか? あ…お願いします。 彼女は、俄か返事で返してきた。 私の話をよそに、店の本棚に見入ってしまっているようだ。 店員さん? 店長さんて、「春」や「桜」が好きなんですか? どうやら、彼女は、私の事を店員と思っているようだ。 ええ…、美しくまた儚い桜は大がつく程好きですから。 彼女は、私の言葉に驚いた様子で… ごめんなさい…店長さんだったんですね、判らなくて… いいですよ、気にしないで下さい。 それよりも、生徒さんは、「桜」に興味がお有りですか? はい…私の名前にもなってますから… 私の名前は、「尾崎 櫻」といいます。教授は私の叔父さんなんです。 …… …… そうなんですか…
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