いらっしゃいませ

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「はぁ?…おたくさぁ、見りゃわかんだろが、バカか?」 店内に入るやいなや、そう言ってスーツを着た中年オヤジ風のお客様はため息をついた。 勿論、私を見下すようにだ。 私は 「申し訳ありません、さっどうぞ、御席にご案内致します。」 と、お客様の 「バカか?」 の言葉に被せるように言った。 このお客様のベルトの上にデップリと贅肉が乗っかった腹をヒールで踏み付けたらどんなに爽快だろう? 奥歯を噛み締めつつ笑顔で私はそんな想像をしていた。 私はこの手のお客様ーー つまり、店員に対して横柄な態度をとるお客様をアレしたいくらい苦手なのです。 ただでさえ、急な呼び出しで休日出勤していていらいらしているのに。 奥歯がギリギリと音をたてるころ、お客様の席に着いた。 入口から1番奥の隅っこの席だ。 この席はカウンターや厨房から完全に死角になっていて、 あまり顔も見たくないお客様に対していつも案内させて頂くVIP席だ。 ペッタンペッタペッタン 耳にさわる足音が近付く。 「ここ?」 と、お客様。 「はい、どうぞお座りださい」 「はいはいはい」 私の声を煩わしいようにしてドスンっと座る。 オタフクみたいな輪郭に小さな目。 おちょぼぐちからはまた溜め息が。 「ごゆっくりどうぞ」 私はお冷やを取りに行きながら、あのオタフク野郎をどうしてくれようか考えた。 メニューに異物を混入……、いやだめよ。 下手したらニュースになっちゃう。 メニューで殴…… だめよ、クビになるかも。 と、思案をしてるうちに厨房まで来てしまった。 「…ま、いっか」 と、オタフクへのささやかな報復を断念しかけたとき、 私の目にはお冷やが飛び込んできた。 きたーっ!これだ! 私はこぼれる笑顔で二つのコップに水を注ぐ。 お冷やとおしぼりをお盆に載せ軽やかにお客様の席に向かった。 「お待たせ致しました。お冷やとおしぼりでございます」 オタフクの前とその横の席にコップとおしぼりを置く。 するとオタフクは驚いた様子で言った。 「おい、俺は一人、だぞ」 よしっ!来た! 「…申し訳ありません、お客様が来店された時に赤いカーディガンの女性の方がいらしたで、2名様だと……」 声のトーンを落とし続ける。 「…メニューお決まりになりましたら、および下さい」 私は視線をオタフクの横の席に向け、恐怖の表情を浮かべて去った。
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