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「あぁそうだ。あの子、廊下にこんなものを落としていったぞ。ほれ」
ぽんと渡されたのは、かわいいリボンが巻かれている以外は何の変哲もない、ただのガムだった。
「何でガムなんか……」
手のひらに乗っているガムを見つめながら、僕は過去の記憶を辿った。
「あ……」
彼女を助けた夜。
僕が彼女に初めて掛けた言葉。
それは、ただの悲鳴だったのだが。
「うっ……うぇっ……」
抑えても抑えても、熱いものがとめどなく込み上げてきて、僕を呼吸困難にさせた。
「なぜガムで泣く。おい、振られたショックでおかしくなったか?」
僕には彼女の行動が手に取るように分かった。
『私に初めて言った言葉、覚えてる?』
そう言って僕を困らせるつもりだったのだろう。ガムは最後のオチに使う、小道具なのだ。
「うわああっ……」
満面の笑みを浮かべてガムを差し出す彼女の姿を想像すると、僕の涙腺のダムが一気に崩壊した。
そして二度と、彼女が病室に戻って来る事はなかった。
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