骨折9

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「何だ、君か」 『彼女を忘れられなかったら相談に来い』、と言ったのはあんただろう。僕は今更ながら、ここに来た事を少し後悔した。 「ここに来たという事は、つまり、あれだね」 どうやら僕の口から言わせたいらしい。望むところだ。 「そうですよ。忘れられないんです。仕事をしたって、酒を飲んだって、ぶん殴られたって、忘れられやしなかった。おかげでもう何日も、満足に寝ていません」 「やはり、カウンセラーを紹介するかね。言っておくが、睡眠薬なんか処方せんからな」 僕が自殺するとでも思ったのだろうか。まぁ、考えなくもなかったが。 「両方とも、必要ありません」 「ほう」 僕は出来るだけ真面目な顔を作って答えた。 「僕に必要なのは、彼女だけでぷすっ」 左の肋骨を痛めたせいで、決めゼリフが台無しだ。 「緊張するぐらいなら、初めから言わなければいいだろう」 僕はゴホンと咳払いをして、恥ずかしさをごまかした。 「もし彼女の住所を知っているなら、教えて下さい。僕の望みはそれだけです」 「……どうやら、吹っ切れたようだな」 呆れたような表情をして、ヤブ医者は僕の目を見た。 僕はそれを見つめ返す。 ヤブ医者の顔色は、相変わらず悪いままだった。
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