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「これはあの子のカルテだ。もちろん、住所も書いてある」
ヤブ医者は机の引き出しから、彼女のカルテを取り出した。
「君の『特異体質』を知り、愕然として去ったあの子。己の『特異体質』を知り、自らの身を案じて去ったあの子。その二つを知った上で、まだあの子に会いたいと言うのかね」
僕に選択肢なんかあるはずがなかった。
「会いたい。今すぐにでも」
ヤブ医者は軽く息を吸い込んだ後、フゥーッと大きな風を吐いた。
「……昨今、個人情報の漏洩が何かと問題視されている。私も社会人の端くれとして、世間様の印象を悪くするような真似は避けたいところだ」
ヤブ医者は真面目くさった顔で、真面目くさった事を言い始めた。
「カルテは引き出しにしまうぞ。……よし、これで情報の保管は完璧だ」
医者の守秘義務をあれだけ破っておいて、よく言うよ。
「まずい、トイレに行きたくなってきたぞ。引き出しに鍵は掛けていないが、まぁ誰もいないし、大丈夫だろう」
ヤブ医者は『漏れる、漏れる』と言いながら、診察室を出て行った。
僕は引き出しを開けて、彼女の住所を確認する。一応、スリーサイズも探してみたが、残念ながらそれは載っていなかった。
僕はメモ帳を取り出して、あるページを開く。
そのページには、二重丸で囲まれた『医師連盟に苦情』の文字があった。
僕はその文字をペンでグシャグシャに消し、代わりに彼女の住所を書き記した。
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