骨折9

5/5
前へ
/62ページ
次へ
「これはあの子のカルテだ。もちろん、住所も書いてある」 ヤブ医者は机の引き出しから、彼女のカルテを取り出した。 「君の『特異体質』を知り、愕然として去ったあの子。己の『特異体質』を知り、自らの身を案じて去ったあの子。その二つを知った上で、まだあの子に会いたいと言うのかね」 僕に選択肢なんかあるはずがなかった。 「会いたい。今すぐにでも」 ヤブ医者は軽く息を吸い込んだ後、フゥーッと大きな風を吐いた。 「……昨今、個人情報の漏洩が何かと問題視されている。私も社会人の端くれとして、世間様の印象を悪くするような真似は避けたいところだ」 ヤブ医者は真面目くさった顔で、真面目くさった事を言い始めた。 「カルテは引き出しにしまうぞ。……よし、これで情報の保管は完璧だ」 医者の守秘義務をあれだけ破っておいて、よく言うよ。 「まずい、トイレに行きたくなってきたぞ。引き出しに鍵は掛けていないが、まぁ誰もいないし、大丈夫だろう」 ヤブ医者は『漏れる、漏れる』と言いながら、診察室を出て行った。 僕は引き出しを開けて、彼女の住所を確認する。一応、スリーサイズも探してみたが、残念ながらそれは載っていなかった。 僕はメモ帳を取り出して、あるページを開く。 そのページには、二重丸で囲まれた『医師連盟に苦情』の文字があった。 僕はその文字をペンでグシャグシャに消し、代わりに彼女の住所を書き記した。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

939人が本棚に入れています
本棚に追加