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「先生はどうして、そんな嘘をついたんだろう」
僕はそれが不思議でしょうがなかった。
答えらしきものを出してくれたのは、彼女だった。
「……たぶん、あなたの事を心配したんだと思う」
「どういう事?」
「『自分のせいで彼女が去った』なんて、あなたに思わせたくなかったのよ」
「そんなばかな」
僕は否定した。
「だって最初はこう言ったんだ。『君の特異体質を教えたら彼女は去った』って。君の特異体質の事は、後日改めて訪ねた時に、やっと知ったんだ」
彼女は少し間を置いて答えた。
「じゃあ、やっぱりそうなのよ。私の特異体質を後から話す事で、『彼女は自分の特異体質を知って去った』と刷り込ませたんだわ」
「……でも僕が、後日先生の元を訪れなければ、その話は一生聞けなかったんだよ?」
「それはあなたを、試したかったんじゃないかしら。相応の決意がなければ、私たちみたいな人間同士はうまくやっていけないって、そう思ったのよ……たぶん」
何だか今度は僕が、彼女に諭されているみたいだ。
教祖様と信者の関係は、今や見事に逆転していた。
「そんな、まさか……」
「あなたがあの先生の事を、誤解しているだけよ」
……格好をつけやがって。
「あの、ヤブ医者め」
「それも誤解よ」
彼女は強い口調で言い放った。
「私、知っているんだから。あの先生が寝る間も惜しんで、私たちの治療法を研究しているって事を。……先生の顔色、ずーっと悪いままなの、知っているでしょう?」
……なんだよ、ずるいぞ。
何にも知らなかったのは、僕だけじゃないか。
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