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甲高い金属音が響き渡った。
深い森の中。赤い鎧に赤い仮面を身に纏った1つ目の化け物は、容赦なく刀を振るう。
それと対峙する男は既に満身創痍だった。
腕にも脚にも力は入らず、体には無数の切り傷。破れてもはや半裸の衣服は、時折腕の関節やら視界を塞ぎ、自らの身動きを封じる拘束具となりかけていた。
彼の名前は藤咲龍也。
戦時下に産まれたわけでも、軍隊に入っているわけでもない、普通の高校生である。
よって、本来ならば、刀を握るような事は有り得ない。
しかしそれでも続く見知らぬ森での戦い。それは金属音を止ませることなく繰り広げられていた。
片や身長2メートル以上。片や170いくつかの若い男。そして、戦いの技術や武装、体力をも含め力の差は歴然だった。
藤咲龍也がバックステップで攻撃をかわし、距離を置こうとした時だった。
誘導されたのか、はたまたただの偶然か。藤咲龍也の足は深い木の根に取られ、バランスを崩した。
背中から地面にたたき付けられる藤咲龍也。
冷静なまま見下す化け物は、
「もう終わりか」
と、低く、唸るように言った。
そして、掲げられた化け物の刀は、若い男の喉元へと振り落とされた。
藤咲龍也が跳び起きると、彼はベットの上に居た。
汗に濡れた全身は弱々しく震え、知らない森も消え、見飽きたはずの自分の部屋が少し愛しく感じる。
「……また、あの夢か」
頭を掻きながら呟いた言葉は、荒い息遣いをさらに強調した。
――あなたは優しい子……。
今は刑務所に居る母の台詞に支えられ、龍也は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
彼は悩んでいた。
喧嘩というものからは数年前足を洗ったが、どうにも不安は拭えない。
先程の夢は、今日が初めてでは無かった。
もう何度目かは解らないが、1ヶ月程前から毎日のように見ていた。
もしこれが予知夢という物だとしたら、数年越しの喧嘩の報復だと考えるのが妥当。
「……っく」
そんな事は有り得ないと言い切れない生活を過去にしていた彼は、逸る心臓を落ち着かせようと、今日も寝起きの唇を噛んだ。
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