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「……と、そうだ風間、その髪、直して来いって前言わなかったか?」
荷物をまとめ終えた先生が、最前列でけだるく座っている男の、肩甲骨までかかる茶髪を摘みながら言った。
その男は名前は風間亮。サーファーちっくに焼けた肌と、独特のちゃらついた雰囲気が特徴の男だ。
「いや、地毛っす」
冷静に、さも当然のようにふざけた事を亮が言う。
龍也は遠くで苦笑いを浮かべた。それが地毛は有り得ないだろ、とクラスの大半がそう感じるほど金に近い、しかし所々に濁ってしまっている茶髪なのだ。
「根本は黒いぞ」
先生は嫌らしい笑みを亮に向けている。
「これは、ほら、黒く染めようとしたら根本に集中して」
とんでもない言い訳が亮の口から漏れ、神業じゃねぇか、と思ったのも龍也だけでは無いだろう。
「ま、いっか。次の土日で黒くしてこいよ?」
先生は言う。
いいのかよ。と、不満を抱く者も居れば笑いをこらえる者も居た。
「頑張りやす」
ほとんど直す気がないのは見え見えだった。だが、先生はそれだけ聞いて教室を後にする。
静かになる教室。
龍也はふと朝の夢を思い出してしまい、気を紛らわそうと携帯を取り出した。
「おっと……、嘉穂」
さりげなくまだすぐそこの廊下に居た先生が窓から顔を出す。
龍也は慌てて携帯を机の中に隠した。考え過ぎか。なんか目が合ったような気がしたが、注意されることはない。
「職員室まで来てくれ、手伝って欲しいことがある」
先生はそれだけ言って、今度こそ教室を後にした。
「はい」
呼ばれた女は江夏嘉穂というこのクラスの学級委員だった。
赤縁眼鏡と細い目。異様に細い体つきが特徴の嘉穂は、きびきび片付けをして先生の後に続いた。
龍也は今度こそはと机から携帯を取り出す。
しかし、今度は後ろから、
「りゅーや。トランプやろうぜ」
と、誰かが龍也の肩を叩いた。
「やらない……。だからやるな」
龍也はジト目でそいつに言う。
その見るからに楽天的な男は、加藤信二という龍也の親友で、中学からの仲だ。
背は小さいが、クラスのムードメーカーのような存在だ。自称オタクというのは少し痛いが、実際はそこまで酷くは無い。というか本当にオタクなのかと言いたくなる程健全に見える。
ともかく、龍也はそいつの誘いを無視しようと試みたのだが……。
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