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カシャッ…カシャッ…と夕闇に携帯電話のシャッターの渇いた機械音が響いている。
暗闇が覆い隠した事故の凄惨な真実を、無遠慮なフラッシュがむやみやたらにほじくりだす。
時にピロリロリン、と実に場違いで不謹慎な音が聞こえて、聞いている僕まで恥ずかしい思いに駆られる。
あいつらは一種の加害者だ、と僕は思う。
そして僕は加害者ではない……傍観者ではあるかもしれないけれど、決して加害者ではない、という思いが裏にある。
隣にいる奈々美も加害者でない。
車輪の下に轢かれた子供が息絶える、まさにその瞬間に、不謹慎にも笑っていたけれども傍観者ではない。
僕らは偶然手を延ばせば届く位置におかれただけの、何の関係もない他人なのだ。
だがそれを打ち消そうとするように、一体そんなことが有りうるのだろうか、という疑惑の念が僕の中に確かに巣くっている。
この世界で何人が関係性を放棄して生きていくことができるだろう。
僕らはお互いに足を引っ張り合って生きているのだ。
僕らがたまたま近くにいた人たちをあの姿におとしめ、次には死体となった彼らが僕らを陥れるのではないか、という可能性を否定することはできない。
次は自分の番ではないか、という恐れは静かにやってくる。
彼らのようにだけはなりたくないという差別意識がしだいに強くなっていく。
今はただシャッターの音が一歩一歩遠くなっていくことを確認するのが精一杯だ。
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