プロローグ

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  今城が暫く外で凍えていると、あたかも身体中から蒸気を噴出させるような勢いで、上機嫌な顔の奈々美が店から出てきた。 「ユキっちありがとー、私ウレシイー」 と細い腕に大きな袋を持った不格好な姿で、両手を広げて大袈裟に喜んでいる。 袋には金色の横文字で「Merry Christmas」と書いてあった。 今城には本日27度目のメリークリスマス。 今更感慨は全くなかった。 冬の寒さのせいで、六時過ぎからすっかり地平線に閉じこもってしまった太陽の面影を見上げて、今城は奈々美に声をかけた。 「お腹が空いてきたな。夕食、何食べたい?」 「私イタリア料理が食べたーい」と奈々美は即答した。 「それなら美味しいところを知っているから連れていってあげるよ。着いて来て」 今城は顔が潰れるぐらいの満面の笑みを顔に浮かべて言った。 普段は人通りのすくない道も幸せな人盛りでごった返していて、向かいから来る人と何度も肩をぶつける。 しかし誰もそんな事を気にかけることなく、若しくはまるで始めから何もなかったかのように、皆こちらを見向きもせずに人の波の中へと消えていく…。   ロータリーから駅ビルを通過して大通りに出た。 途中二人の間では聞いたような話ばかりが繰り返し話題にあがる。奈々美が喋り、今城が相槌を打つ、といういつものパターンだ。 これは自分の話を遮られると怒ってしまう奈々美を相手に、今城が身をもって覚えた術だった。 社会人になった今城は時折、会社という共同体とその繋がりの中において、無理に話をしようと努めていたが、もともと彼は話を聞いているほうが得意な人間だった。 そういう意味で二人はとても相性のいいカップルだったと言えただろう。  
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