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トウゴからの誘いの電話がなかったら、私は今日もずっとそんな調子だったに違いない。
「海へ行こう」
トウゴはいつも、私に拒否権を与えない。断ろうと思えば断れるのだが、私はたぶん一生トウゴの言いなりとして生きていくだろう(向こうに、そんな気は無いにしても)。
いつからか、私はお酒と同じぐらいか、あるいはそれ以上にトウゴが好きになっていた。ほんとうに、どうしようもなかった。
「10分で迎えにくる」
私のなかで何かのスイッチが入るのを感じた。けだるいめまいに逆らいながら急いで髪を洗い、薄く化粧をし、目に付いた長袖のワンピースに着替える。さっきの電話の声が体全体に染み渡り、血管をまわるアルコールとぶつかって、何度も波打つような感覚に襲われた。
―――
「まだ春だから、人はいないと思う」
車の中でトウゴはそれくらいしか喋らなかった。トウゴは気を遣ったり、わざと喋ったりすることが好きではないから、私も必要以上に話しかけたりはしない。BGMも、滅多に流さない。それ自体はまったく苦痛ではないけれど、ただ、黙っているだけだと、お酒が欲しくなってしまう。
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