激-壱-

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二人の間を風が走る。 「…明日の早朝に籠がつくよう手配した…。姫乃が風邪と聞いたのは好都合だったが、何があるかわからないからな…」 「その割りには石田散薬を持ち出して、心配してますって言ってるようなものですね」 なにもかもがお見通しな事が気に入らないのか、単に照れてるだけなのかはわからないが、土方は小さく舌打ちをした。しかし、一歩下がると腕を組んで壁に寄り掛かかり目を閉じた。 「…早朝なら…見送りは誰もいないって事ですよね。土方さん以外…」 「………あぁ………」 顔が見えない沖田の背中を申し訳なそうに見つめた。 「よかった。そんな朝早くから起こされちゃ、たまりませんからね」 声は笑ってるように聞こえる。表情がわからない分、土方は余計に心配になった。 「…やっぱり…姫乃は連れて行かないのか…」 「…ねぇ土方さん。いつか言いましたよね…。姫乃さんに会う前の私の剣は、『生死を別ける剣』だって…」 土方は黙って聞いた。聞く事しかできないからだ。 「…でもその前…姫乃さんに会う前は近藤さんと貴方を守る為に剣を振るってきたんです」 「…総司…」 土方の方に笑顔で振り返る沖田。その笑顔は試衛館時代の「沖田総司」そのものだった。 「私の剣は初めから誰かを守る剣だったんです。貴方と姫乃さんにそれを気付かせていただいたんです。嬉しかった…。ずっと傷つけてきた私にもそんな剣を振るえるんだって…」 沖田はしっかりと土方の目を見た。土方も沖田を見た。そしてふっと笑って沖田の頭を撫でた。 「感謝してます…」 「…あのやんちゃ坊主からそんな言葉がでるとはな…」 嬉しそうな照れくさそうな笑みを零す二人。 しかし土方は手を離すと、すぐに複雑そうな顔をした。 「…寝てるが…きちんと姫乃に挨拶しとけよ…」 「……はい…」 俯き返事をすると沖田は再び部屋に戻った。 残った土方は、袖口に手を伸ばしキセルを取り出した。 「…お前の幸せを願ってんのに…俺がお前から奪ってるなんてな…はた迷惑な話しだ……」 一人呟くとキセルをくわえ、月に照らされる廊下を静かに歩いていった。 部屋に入った沖田は土方が行った事を確認すると、その場に崩れた。 「…ホントに…薬、調合してたなんて……」 額に手を当て、前髪を掴む。同時に呆れたようなため息をだした。 『…ん……』
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