愛する人を失った時

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翌日。 【薔薇十字団】の大総統に呼び出された薔薇は、大総統のいる指令室の前にいた。 「失礼します、大総統」 ノックし、扉を開ける。 まず目に飛び込んでくるのは、赤い絨毯が敷き詰められた床。 天井に吊り下げられているシャンデリア。 高級なホテルを思わせる部屋だ。 薔薇は部屋に一歩踏み入り、姿勢を正す。 そして胸に右手を当て、腰を前に折って深く一礼する。 「もう復帰して平気なのか?」 大総統の声に反応するかの様に、薔薇は腰を起こし上げる。 「総隊長たる者、いつまでも気を沈めていては任務に支障を来たします」 「今回の事態は非常に残念だ。シェロンという、お前に、そして【薔薇十字団】全団員に愛されていた者が犠牲になってしまった。団員内でのショックも大きかろう」 「私が側にいながらも、彼女を守れなかった。不覚です…」 薔薇は拳を強く握り締めた。 「薔薇。もう少しお前に時間を与えてやりたかったが、そうもいかない。任務だ」 “任務”の言葉に、場の空気が張り詰めた。 「お前の任務先を、イタリアから日本に明日から変更する」 「日本…ですか?」 「5年前に日本に核が落とされたのを知っていると思うが、その混乱に乗じて奴等が日本に乗り込み、人を襲い続けている。何十人か派遣したが、手に負えない。それに国自体も復興に時間が掛かりそうで、恐らく長期間の任務になるだろう。復帰早々、面倒な事を頼んで済まない…」 「いえ…。かえって気が紛れて助かります。任務の件、承知しました」 薔薇は再び右手を胸に当て、深く一礼した。 踵を返し、ドアノブに手をかける。 「薔薇」 退室直前、大総統に呼び止められる。 「シェロンはお前を恨んでなんかいない。彼女は誰よりもお前の幸せを願っている。お前がいつでも笑顔でいる事を望んでいる。シェロンの想いだけは忘れるな」 薔薇は何も言わず、そのまま部屋を出ていき、扉を閉めると凭れかかり、そっと目蓋を閉じた。 ― 笑顔でいる事と、幸せでいる事を願う…ですか。私みたいな疫病神に、幸せなんて来ませんよ。 『薔薇は何でもかんでも背負い過ぎ。そんなんじゃ、いつか潰れちゃうわよ?』 いつだったのだろう。 以前、シェロンにこんな事を言われた事があった。 それが今になって、ふと蘇ってきた。
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