暗闇

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 男は川の水で顔を洗うと、少し冷静に考えた… よくよく考えれば、あれは幻だったのかもしれない… あんな奴が実際にいるはずがないのだから… 今日は売れた傘のお代で、酒を飲み過ぎたらしい…そのせいで酔ってしまったのだ。  男は自分に言い聞かせながら、ゆっくりと立ち上がる。  酔いのせいか、走りすぎたせいか… それとも、瞼の裏に焼き付いた恐怖のせいか、膝が笑ってフラフラとよろめいた。  その時だ。  男の後で、何かが落ちた… 水を弾く大きな音が響き、水しぶきが辺りに撒き散らされる。 「…なん…だ?」 月の明かりが雲の隙間から差し込み、辺りは少しだけ明るく見える… 川に写る自分の影が、何かが落ちた振動でユラユラと波紋を立てて揺れ動く… その影は、明らかに自分の影より大きい… 何かが…自分より大きな何かが、重なる様にして後に立っている証拠であった。  男は先程落ち着かせた呼吸が、また荒くなるのを自分でも感じていた。  ゆっくりと首だけで、後を向く… ゆっくり…ゆっくりと… 男は息を詰まらせた。  川に落ち、自分の後にいたのは、先程…幻だと思っていた大きな姿…金色の瞳の何者かであったのだ。 「ぁあぁあああ!」 男は思わず尻餅を着く様にして後に倒れ込んだ。 「ば…化け物…」 化け物… その化け物は月明かりに照らされて、大きな口を開いた。  口からは無数の鋭い犬歯が不気味に光を帯び、糸を引きながら唾液を垂れ流していた… 調度、月の光が隠れたせいでそれ以外の姿は男には確認出来なかった。  ただ暗闇の中で、金色の瞳だけが不気味に男を睨み付けていた。
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