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「あの禿げ狸め!」
舌打ちをして小さく愚痴を言うと、手に持っていた缶ビールを飲む。
禿げ狸とは会社の上司。外見は悩み少なき若人のように髪の毛が豊富に見えるが、あれはヅラだ。
俺は見てしまった、間違いなく、否定する余地など何処にも見当たらないほどにヅラだ!!!
ある日、俺は何時もの出社時間よりもかなり早く会社に着いた。窓から部屋の中を覗くが、電気も付いていない。
「おう! 一番乗りじゃん!」
そう思って気分良くドアを開けると、窓からは死角になって見えなかった部長席に、一人の光る頭が座っていて、何やらふさふさした物を持っている。
何かの毛皮ですか? いえ、それはヅラと言う物では? と言うか貴方は誰ですか?
暫く、二人の時間が止まる。
時間が動き出した時には、部長席に座っていたのは光る頭ではなく”部長”だった。
「もしかして……」
と俺が呟くと、部長は無言で席を立ち、此方へ早足で向かってくる。そして俺の目の前まで来ると、両肩をがっしりと掴み、刃のような鋭い視線を向ける。
「君は今、何も見なかった。いいね?」
「……はい」
部長の気迫に負けて、つい返事をしてしまった。あれから、なんか部長の態度が厳しいんだよな。昨日も休み前でとっとと帰してくれればいいものを、書類の小さなミスでグチグチと……
「あの禿げ狸め!」
そしてもう一度ビールで喉を鳴らす。
「ッカーーー! うめぇ!」
山道を登るバスの中、昼間っから酒を飲んでいる。
外には霞のような雲が少しあるだけで、後は青一色。綺麗に晴れ渡っていて、見渡す山々は赤、黄、黄緑、緑と、鮮やかな色彩が目を飽きさせないはずだけど、今の俺にはそんな事はどうでも良かった。
また愚痴が出る。
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