”よるのもりもり”

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”ゴォォ!!!”  熊は茂みから飛び出すと、耳をつんざく様な咆哮を俺に向かって叩きつける。それに圧倒され、 「ヒィ」  と情けない声を上げて腰をぬかしてしまう俺。しかし次の瞬間、 「お、アカカブト君じゃん! 久しぶりっこ! おげんこにしてた?」 「ん? おお! よもっちゃんじゃん! おげんこしてたよー! よもっちゃんもげんこそうで嬉しいヨン様!」  ……久しぶりっこ、おげんこ、ヨン様……、随分とフレンドリーな異世界語を使いやがるじゃねぇかよ。てか、くまったさん人語しゃべってるよ! んで、アカカブトって昔の漫画に出てくる熊じゃねぇかよ! 「本当に久し振り。同じ山に住んでるのに、あんまり会わないよねー」 「そうだよねー」  等と、ふざけた世間話が途切れる事無く続いていく。そんな阿呆らしいやり取りのお陰で恐怖は去り、漸く立ち上がる事が出来た。 「ねぇ、よもっちゃん。この人間、誰? もしかして、よもっちゃんの……」 「いーやーだ! 違うよ! この人は森で道に迷った”ただの人”だよ! 私の……の訳ないぢゃん!」 (ないぢゃん! って……)  俺の方こそお前は願い下げだろう……。 「ああ、迷い人ね。で、何時もの如くよもっちゃんも一緒に迷子になってる訳だ?」 「う゛! 否定できない」  そう、思い切り苦い顔をするヨモギ。やっぱり、お前も迷ってんじゃねぇかよ! 「そうだ! アカカブト君さ、茂君を山中温泉に連れて行って貰えないかな? ついでに私も家に運んでもらえると有難いだけどさ」 「よもっちゃんの頼みじゃ、しょうがないな。いいよ」 「やったぁ!」 「おい人間、お前よもっちゃんに感謝しろよ。お前一人だったら??」  熊は薄笑いを浮かべて舌なめずりをする。普通なら怖いと思うんだろうが、今の俺には、ヨン様などと言う異世界語を使う奴に恐怖は微塵も感じない。しかし、ヨモギには少し感謝したい気持ちになった。経緯はどうあれ、温泉に行けるんならそれで良い。 「まぁ、夜は迷うだけだから、朝まで待とう」  と熊が言うと、俺もヨモギも頷く。それから朝までは、ヨモギと熊のとめどない雑談が続いた。
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