”やまなか”

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「あのクソ女めーーー!」  目に、涙が滲む。  あのクソ女とは俺の彼女……だった女だ。いつまでも”うだつ”の上がらない俺に愛想が尽きたのか、つい三日前、 「他に好きな人が出来たから」  とぬかして、あっさりと! そう、二年も付き合ったのに、あっさりと!!! ……さよならしやがった。  今から行く温泉はお前と行く筈だったんだぞ! 恋人と二人、久しぶりに色んな意味で”ぬくぬく”する予定だったのに! 「あのヤローーー!」  バスの中には、俺の他に3人の乗客がいたが、皆注意もせずに俺から目を逸らしている。まあ、痛い奴に構うのが嫌なだけだろう。  悪いが、ぬくぬく旅行から傷心旅行にになっちまった俺の我侭を許してくれよ! 「ヂグジョーーーーー!!!」  おもむろに窓を開けて叫ぶ。  それからビールの缶を5本開け終わる頃に、ようやく目的のバス停まで到着した。  他に乗っていた乗客も皆このバス停で降りる。皆の目的は、ここから歩いて15分の所にある、”山仲温泉”だろう。俺の傷心旅行の目的地もそこだ。  温泉までは、アスファルトの整備された並木道を歩いて行く。  途中、”山中温泉へはここをまっすぐ”と書かれた、今にも腐って倒れそうな立て札がしてあり”ここ”と言われた道を見ると、鬱蒼とした森の中へ続く、暗い山道が続いている。 「山”中”温泉かぁ……」  その道を見て呟き、つっこむ、 「本当に、山の中やんか! そして漢字一文字違いやんか! 紛らわしいにも程があるんじゃボケェ!」  ”ここをまっすぐ”と書いてあるが、どれだけ真直ぐ歩けば着くのやら、時間も書いていない。勝手な想像から計算すると、俺の頭は100分と言う時間をはじき出す。 「100分もなんて歩いてらんないぜ、全くこんな温泉に行く奴なんているのかね?」  と、立て札に話し掛けて高笑いをする。 「お前も苦労するよな、どうせ誰も来ない温泉の宣伝なんてよ。馬鹿らしいだろう?」  いや、馬鹿らしいのは俺だ。ふと我に返ると、立て札に語りかけていた自分が非常に虚しくなり、山仲温泉に向かう事にした。
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