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『明日カラ、ちょっと熊本に行ってくるわ』
わたしが学校から帰るなり、ママサンがあらいものをしながらそういった。
ママサンの『ちょっと』はいつも長くて、一年たったりもする。
『父チャンには言ってあるカラね』
といったきり、私と目を合わせない。
どうやら一人で行ってしまうのを悪いと思ってるらしい。
『そっか』
私はそうこたえると、ランドセルをおろして、居間にあるテーブルの前にこしかけた。ママサンはあらいものをやめて、まっすぐこっちを見ている。そうして、大きな目をくもらせながら言った。
『いや?ママサンに行ってほしくない?カナサン寂しい?』 ままサンは私のお母サンだけど凄く父チャンに似てる。先週父チャンが、お店で出すお酒を仕入れに、北海道まで出かけた。出かける前におなじ事を私に言った。
『嫌かい?父チャンに行ってほしくない?カナサン寂しい?』そうして、私がすぐにこたえないと、まるで泣き出すのを我慢するみたいに顔をしかめた。その時とおなじこたえを私は言った。
『ううん、寂しくないよ。そのかわり、いつもみたいに、携帯で電話して』
ママサンはそれを聞くと、とっても嬉しそうに笑った。そんなとこまで父チャンそっくりだ。
『よかった...。うん、ママサンがんばるからね。写真撮る時、また携帯で実況中継するカラ待っててね』
そう言いながらママサンは、フィルムのいっぱいつまった冷蔵庫から、リンゴジュースを出して二つのコップにそそいでくれた。私とママサンは、居間の大きなテーブルでジュースを飲んだ。
ママサンは、写真をとってる。この頃ずっと山の写真をとってるので、たぶん、熊本に山の写真をとりに行くんだろう。父チャンは中野新橋の駅の近くで、コーヒーとお酒を出すお店をやっている。ママサンも父チャンも、熱中するととまらなくなってしまうらしい。私はそれになれていた。
『ママサンね、阿蘇山っていう山の写真とりに行くの。噴火がひどくないときは火口の近くまで行けるの!ほんといい山なんだからッ!絶対凄い写真撮ってくるからね!』
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