依存症

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『その事なんだけど』  受話器越しの声は、一気に温度が下がった。  否応無く、多香子の焦りはピークに達する。 『今、その彼が女といる所を見たんだ』  多香子は、左手をそっと腹部に添える。  神経を刺激し始めた腹に、そんな付け焼き刃は一向に功を奏さない。  最初から知っていた。幸福な時間よりも、不幸な時間の方がうんと長い事を。 「迎えに来て」 『今日は仕事だろう』  男は明らかに面倒臭い様な声で言った。 「彼のいる場所へ連れて行って」  なんて最低な女だろう、と思った。これでは、昼間の繰り返しである。嫌がっている事は明白なのに。 『……いや、やっぱり今日は職場へ行け。そして明日は一日いっぱい家で休むんだ』 「無理。このまま仕事なんか出来ない」 『そのまま一生仕事しないつもりか』  何も返せない。この男の言いたい事が、ナイフで刺されるよりも明瞭に自分の身体に痛みを与えたからだ。 「わかった。じゃあ、明後日ならいいの?」 『何が?』  ――わかっているくせに。  惚けた振りをされると、また多香子の中の卑しさが顔を出す。 「彼を、またあの日のように、攫(さら)って」
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