希求

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〈1〉    昨日、彼女は部屋に来なかった。  週末ともなると必ず睡眠を妨害しに来るはずが、昨日に限って真田が目覚めた寝室には、影も、匂いも、甲高い声もなかった。  土曜日――つまり一昨日。  居酒屋からタクシーで彼女を自宅まで送らせた。まさか高校生を自分の部屋へ連れ込むわけにはいかない。田中に発覚される前に、秘密裏に実行した。  三波は案外、おとなしく自宅へ帰っていった。  その後、田中の口から飲み直そうと誘われたが、乗り気になれなかった。  自分は期待していたのだろうな、と真田は今になって思った。  ひょっとすると三波はこっそりと家を抜け出し、自分の部屋まで来るのではないか、と。そして、部屋中に美味そうなコーヒーの香りを充満させ、また何か自分を驚かせる悪戯を用意して待っているのではないか、と。  田中に自宅まで送ってもらい、珍しく燃料費を手渡した。田中は目を丸くして断固それを拒否していたが、それ以上に真田が引き下がらなかったため、最終的には受け取ってもらえた。  もしあの時支払いに失敗していたら、今ごろ良心の呵責に苦しみ、やはりコーヒーの香りなどしない部屋の中で、日が昇るまで蹲(うずくま)っていた事だろう。  帰宅すると、真っ暗であった。影さえも映さない程に、そこは闇であった。  玄関へ入り、すぐに照明を点ける。  室内は綺麗に掃除されていた。テーブルの上もカレー鍋もコーヒーメーカーも、全て片付けられていた。  これでは次に出す時に困ってしまうではないか。そう思った。  思い至って、トイレやクロゼットの中を確認に回った。ベッドの下や浴室も、天井に付いている小さな扉も開けてみた。ついにはベランダへ出て、目を凝らして見渡したが、自分の妄動が空しく感じられ、すぐやめた。  だから、真田は寝る事にした。土曜の夜なのに、その日はテレビもつけずに眠った。
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