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〈2〉
目を開けたが、そこがどこなのか判然としなかった。
病院かと思ったが、遠くから女生徒らしきはしゃぎ声が聞こえたため、ここが職場のどこかである事は間違いない。
真っ白な天井には、汚れなど一つも付いていない。真田の上に掛かっている布団からは、クリーニングしたての爽やかな香りがしている。
周りはクリーム色のカーテンで仕切られているため、ここに自分以外の誰かがいるのかどうか、判断出来ない。
真田はゆっくりと起き上がった。
今朝とは比べ物にならない程、頭の中がすっきりしとしていた。
腕時計に目をやると、正午を回った所だった。記憶が途切れてから、三時間程経過した事になる。
仕事中に、ましてや生徒の前で倒れたのだろう。酒で何度も失敗を重ねてきた真田には、その時の様子が容易に想像出来た。
最後に見たのは、クリスタル。三波さちえの顔だ。
自分を侮蔑しているのかと思っていたが、その予想は外れていたらしい。その時の彼女の顔には、人を小馬鹿にする様な気色は感じられなかった。
真田は一気に緊張が解けた。一昨日彼女が言った言葉はマイナスの要素を隠し持つものではなく、真実の言葉だったのだ。
だからこそ、黒板に向かう真田の様子を見て、呼び掛けてくれたのだ。
“先生”
その声はあまりにも柔らかく、優しく、そして苦痛に覆われていた。
昼休みいっぱい休みたい所だが、まずは他の職員に謝りに行かなければならないだろう。
真田がベッドの下に靴が無いかと探そうとした時、クリーム色のカーテンが勢い良く開き、裾をたなびかせた。
「よう、生きてたか」
カーテンの向こうから男が侵入してきた。
「あ、れ」
真田は言いたい事が見つからず、口だけが先に動いてしまった。
男はベッドの端に腰を下ろし、真田の顔を覗き込んだ。
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