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「三波さちえさん」
真田は、飲んでいた水をグラスへ逆流させた。
田中の発した言葉が、真田の思考にあまりにも合致し過ぎていたからだ。
「三波さちえさんが、さっきここへ来てね」
自分自身で今、はっきりと顔が綻んだ事を確認した。
――三波が、ここに?
更にその先を促そうとする真田に、田中は手を広げてそれを制した。
「まず一つだけ、お前に聞きたい」
殊勝な顔をして、田中は顔を突き出す。
「彼女は、一昨日の夜のあの女性か?」
「いや……え?」
死刑宣告の様な問いに、真田の身体が硬直する。
田中は、我が意を得たりと微笑んだ。
「だとしたら、なんて可哀相なんだ」
可哀相だ、と言って田中はポケットから小さな紙切れを出し、真田へ差し出した。
四つ折りにされたそれは、ルーズリーフの切れ端だった。
真田は何となく、目の前の男を窺った。
丸太の男は、笑っている。その表情からは真意が汲み取れない。
可哀相だという事は、つまりこの紙切れは開かざるべきものなのか、と不安になる。
「さあ、とっとと行くぞ」
えらく威張り切り、田中は保健室から出て行った。
紙を開こうかどうか大いに悩んだが、真田の中の衝動がそれを抑制出来ないと悟った。
結局真田は、恐る恐る紙を開いたのだった。
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