希求

7/11
前へ
/118ページ
次へ
「三波さちえさん」  真田は、飲んでいた水をグラスへ逆流させた。  田中の発した言葉が、真田の思考にあまりにも合致し過ぎていたからだ。 「三波さちえさんが、さっきここへ来てね」  自分自身で今、はっきりと顔が綻んだ事を確認した。  ――三波が、ここに?  更にその先を促そうとする真田に、田中は手を広げてそれを制した。 「まず一つだけ、お前に聞きたい」  殊勝な顔をして、田中は顔を突き出す。 「彼女は、一昨日の夜のあの女性か?」 「いや……え?」  死刑宣告の様な問いに、真田の身体が硬直する。  田中は、我が意を得たりと微笑んだ。 「だとしたら、なんて可哀相なんだ」  可哀相だ、と言って田中はポケットから小さな紙切れを出し、真田へ差し出した。  四つ折りにされたそれは、ルーズリーフの切れ端だった。  真田は何となく、目の前の男を窺った。  丸太の男は、笑っている。その表情からは真意が汲み取れない。  可哀相だという事は、つまりこの紙切れは開かざるべきものなのか、と不安になる。 「さあ、とっとと行くぞ」  えらく威張り切り、田中は保健室から出て行った。  紙を開こうかどうか大いに悩んだが、真田の中の衝動がそれを抑制出来ないと悟った。  結局真田は、恐る恐る紙を開いたのだった。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!

698人が本棚に入れています
本棚に追加