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僕らの国は世界のどこの国よりも合理的で「生きていれば」衣食住に困らない。
生まれてから5歳までに母国語と、最大の敵である米国の言葉を教育される。
10歳までは社会で生きるために必要となる知識・運動能力を鍛えられ、15歳までに自分の一番活かす事の出来る能力を分析される。
それから五年間見出だした才能を育てるための研修を経て、その後就職。結婚するかは選択の自由があるが、30歳までに子供は最低で3人作る。
給料と昇進は完全に歩合で決まる。なので21歳が40歳を顎で使う事もできる。
とても合理的だ。無駄がない。大統領になる者は完全にこの思想を貫ける人間だけなので、きっとこの国は地球が滅びるまで安泰だろう。
そんな僕らの国で一番合理的で素敵な制度。
「義務死」
二ヵ国語覚えられない子供
知識・体力が一定に達さない者
才能が見出だされない者
子供を作らないもの
仕事をしない者
そして、仕事に支障をきたす高齢者や障害者
これらに該当する者は死ななくてはいけない。
僕の母は僕を産んですぐに体調を崩し始め、長期入院を強いられた。
父はその時29歳で僕は二人目の子供だった。
母が入院しなければぎりぎり三人目の子供を作れたし、妻以外でも子供は作れるのでそれをすれば死なずにすんだが父は母を愛していたからそれをせずに「義務死」となった。
母は悲しみ、さらに体調を崩し働けない状態となったので「義務死」となった。
唯一の家族だった兄は、両親を殺した国を恨み、母国語を覚えずに米国語のみ覚え、5歳の誕生日に「義務死」となった。
これを教訓としたのか、元からそれだけの能力があったのか、僕は淡々と成長し12歳の時点でこの国で一番希少価値の高いとされる「教育」の才能を開花し、19歳間近の今、すでに研修過程を終えようとしている。
「雪、積もったな…」
12月1日 朝目覚め昨日と一味違う寒さに窓の外を見ると、カレンダーだけで雪をイメージできる月の初日にちょうど雪が積もっている。
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