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バスの中で、ふと隣に立つ男を見ると、そいつには尻尾があった。スラックスの尻で、鰻のような黒いものがゆらゆら揺れている。しかし他の奴らは誰も騒がない。
唖然とする俺の視線に、そいつは気が付いた。 そいつは俺に向き直った。
「どうかしましたか?私の顔に何か付いています?」
そう言ったそいつの頭には、角が付いていた。
ぽかんと口をあけた俺の顔で、そいつは気が付いたようだった。
「おっと、これは失礼。」
次の瞬間、尻尾も角もそいつの中にするっと引っ込んだ。そうなってしまうと、俺の隣に立つのはただの立派なビジネスマンでしかない。
やがてバスは停まった。訳の解らないまま俺が降りると、そいつも路上に降りた。
男は俺に言った。
「先程はどうもお見苦しいものをお見せしました。」
男は傍らの自販機にコインを入れ、出てきた缶を俺に差し出した。男の笑顔に悪意は微塵もない。
素直に缶を受け取った俺は、男に聞いた。
「あなた、何者です?」
男も、自分で買った缶をを手にして、平然とこう答えた。
「私、悪魔です。」「は?」
俺はそいつの髪の先から爪先まで、じっくりと眺め回した。だが今見る限り、そいつはビジネスマンだ。しかも重役クラスの。
「あなた、大丈夫ですか?」
思わずそう口にした俺だが、俺は確かにそいつの角と尻尾を見た。それを思い出し、俺は口をつぐんだ。
男は戸惑う俺を見て笑った。
「今は訳あって、人間をやっています。」
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