地蔵磨き

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 しかし時が流れ、何時になっても起こる事は不幸ばかりで、一向に幸福など訪れる気配も無く、二人はあの老人の夢を見終わって起きた朝のように、首を傾げ始める。 (このままで良いのか?)  実はそれは”何か”の悪戯<いたずら>で、自分を陥れるために仕組まれたものだとしたら……。  自分もそれなりに歳をとった。周りの友人達は出世したり、結婚したり、何か熱中出来るものを見つけて頑張っている。自分だけ、自分だけが、何も変わらずに取り残されたように思えて仕方が無い。 (このままで、本当に良いのか?)  それでも二人は、何にでもすがりたい気持ちで、挫けずに地蔵を磨き続けた。今までの何も変わらなかった時間が無駄であると認めることが怖かった。そして何より、以前のだらだらとした生活に戻る事が、今の惨めな生活でいるより嫌だった。  更に時は過ぎ、漸く変化が訪れた。  二人のうち一人が、いつもの様に地蔵の立っている場所まで行くと、磨く必要の無いぐらい、手に持っている薄汚れた雑巾で拭くのが申し訳ないぐらいに綺麗で、そしてどこか輝いて見え、思わず感嘆の声を上げてしまう。  そうなると若者は、新品の一回も使っていない真っ白な雑巾を、律義に家に戻りに戻って地蔵を磨いた。  それからだ。いつも起こっていた悪事が無くなり、逆に好事が起こり始めた。  何の気なしにやっていた仕事にやりがいを感じ、上司や仲間に認められて出世し、友人関係も良好、大切な人も出来、今までの暗く重たい道に光が差したと若者には感じられるようになった。  そうなれば、もう地蔵などは磨かなくとも良いと思えるが、若者は、それでも老人の言ったことを律義に守った。  あるとき、とある友人が何故そんな事をするのかと聞くと、 「この作業をしている時が、一番幸福を感じるような気がするから、かな?」  そう、照れながら笑った。  幸福と言ってもただ嬉しいことばかりではなく、悪いこと、嫌なことも何度も起きた。しかし若者は、それをも噛み締めながら、日々、笑顔で過ごしたと言う。  そんな事は知らないもう一人の若者は、相変わらず汚い地蔵をため息混じりに磨いている。今日も何か嫌な事が起こるんだろう。いつまでこんな事を続けるんだろう。そんな暗澹としたため息だった。
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