暗夜路にて

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 月の無い深い夜。  家へと向かう長い長い団地の一本道を歩いている。  辺りに生活の明かりは既になく、光と言えば電柱にくくりつけられた電灯のみであり、それ以外は夜の闇に塗りつぶされている。そんな暗夜路に、自分の足音だけが寂しく響き渡っている。  誰も通らず、何も無い道。  そこにふと、右上の塀から黒い物体が飛び出してきた。  つい驚いてしまい、視線はその物体に釘付けとなる。物体は走り出して反対側の塀に飛び乗ると、今度は塀の内側にある家の屋根へと飛び移り天辺まで駆け上がる。そして、ちら、とこちらを一瞥し、闇の向こうへと消えて行った。  そこでその物体が、闇夜に溶け込んでしまいそうな色をした猫だと言う事が確認できた。  そして、ただの猫じゃないか、と少なからず驚いてしまった自分に対し自嘲気味に小さく鼻で笑うと、誰もいなくなった屋根の上から視線を戻した。  そこには、暗闇が広がっていた。  今まで道を煌々と照らしていたはずの電灯はその機能を停止しており、目の前には夜の闇だけがあった。  しかも、光の当たらない道は、奈落へと通じる穴でも開いているかのごとき漆黒で塗りつぶされていた。そんな筈はない、とよく目を凝らすと、そこには”何か”が棲み付いているらしく、ゆらゆらと漆黒を揺らしている。そしてその何かは、目と口なのだろうか、白や赤の光を怪しく放っている。  ただ、路の中央、人一人が裕に通れるくらいの幅だけは、空の宵闇のごとく濃紺色に塗りつぶされたアスファルトであり、辛うじて歩いて渡れる安心感を残していた。  ”何か”はそこに寄って来ず、路の左右の端からそこまでを行ったり来たりする様にゆっくりと動き回っている。  初めは、勿論この異様な光景を心の弱さが創り出した幻なのだろうと思い、首を振ったり顔を撫でたり、目を閉じて深呼吸をしたりして気持ちを落ち着かせようと試みたけれど、漆黒は変わりなく存在し、その行為を嘲笑うかのように、そこに棲む”何か”達は目を光らせては口を開けている。
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