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こんな気味の悪い道を進む気にはどうしてもなれなかった。
いくら安心感を残す道の中央を進んだとして何かが起こるかもしれないし、もしかしたら、左右の穴に落ちてしまう可能性だってある。
幸い、かなりの遠回りになるが家へ帰れる道はある。そちらへ回ることにしよう、そう思って振り返ろうとした時、
――動くな。
と、耳元で誰かが囁いた。その低くかすれた声を聞いた瞬間、全身に悪寒が駆け巡り、体が硬直する。
ついで声は、
――振り返るな。
と言った。耳元に誰がいるのか気になるが、その声で首を動かすことすら出来ず、恐る恐る目だけを横に泳がせてみるが、特に変わった所はない。
そして、
――進め。
と声は言う。しかも、止むことなく何度も何度もささやき続ける。その声に後押しされるように、ゆっくりと右足を、――声の聞こえてくる方の足を踏み出した。
すると今度は、
――止まれ。
左の耳から先程とは逆の言葉が聞こえてくる。声質は右に聞こえてくるものとまったく同じ低くかすれた声だ。
――戻れ。
更に左耳に声は囁く。
その声につられて足を止めるが、右からまた、進め、と声がし始める。負けじと左からも、戻れ、が止むことなく囁かれる。頭は混乱し、額から湧き出た嫌な汗が顔をぬらし、身体は、一歩踏み出した状態で固まったまま動けない。
どうしようか、と何かを考えようとするがいい案など浮かぶ筈も無い。進もうが戻ろうがどうでもよい、ただ、とにかくこの場を離れたいとだけ強く思う。
暫くして、その思いが身体を動かした。ゆっくりと左足を前へ、ついで右足を前へ……。その事を喜んでいるか様に”何か”達は動きを活発にする。こちらにこれないと分かっていても、怖い。早く歩き去ってしまいたいが、身体は一歩一歩確かめるようにゆっくりとしか動かない。いや、動かせない。そうなると、両脇を見ないようにするしかなく、耳に入ってくる矛盾した声に耐えながら、歩を進めた。
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