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俺はある一つのビルの中に入っていく。それも、かなり猛ダッシュで。
俺が向かってる先は、ビルの四階。この古びた六階建てビルは白と言うよりベージュ色の壁で、所々皹が見られる。それぞれの階には横にある階段を登らなければならない構造で、これが実にアナログ。
ともかく俺は急いで、一刻も速くそこに行かなきゃいけないんだ。
「はぁ…っはぁ…!!」
四階のドアが目に入り、飛び込むように勢いよく開けた。
「頼もぉぉぅッッ!!」
息を切らしながらも渾身の力で叫ぶ。
シーンとした室内には、冷めた瞳で俺を見る少女と、目を丸くして口に咥えた煙草の灰をポサッと落としながら俺を見る男性がいた。
少女が小さく溜め息をつく。
「またか、鬼灯(ほおずき)。お前もなんと言うか…」
呆れた表情で、少女はどこから取り出したのか、手には一万円札くらいの大きさの紙切れ。それを握って俺に近付く。
「モテモテ、だな。『そいつら』に」
俺の額に紙切れを指で押し当てながら少女が言う。
「『散れ、馬鹿共』」
少女が一言鋭く言うと、俺の体からブワッと人の形をした白いものが一気に出て行く。
「いや~ん、なにこの子ぉ」
「せっかく儂らを見れる人間見つけたんじゃがの~」
「じゃんねんでしゅ~」
そんな言葉をそれぞれが好き勝手に吐きながら、遥か空の彼方に消えていった。
「よ…よかったぁ~」
飛んでいった姿を見ながら、俺は床にヘニャヘニャと崩れ落ちる。
「何で私があげた数珠があるのに憑かれるのか教えてほしいものだな」
また溜め息をつきながら俺を見下ろすのは、一回聞いたら忘れない名前を持つ鐘乃音 稚鈴。
漆黒の髪は腰まであり、ピンピンといろんなところが外に跳ねていて、少し吊った猫目。白い肌と細身の体に、153㌢の身長。
外見は、か弱くすら見える少女なのだが、言葉遣いと態度には高慢な性格を窺わせる。
「数珠をつけてなかった体育の時間にやられたんだよ…」
額に貼られた紙切れ…御札を取りながら立ち上がる。
俺は秋草 鬼灯(あきくさ ほおずき)。生まれながらの霊媒体質で、毎日浮遊霊が俺に憑いてきてしまう。
それもほとんど諦めていた17年目の春。稚鈴と出会って、俺は幽霊除けのための数珠を貰い、毎日身に着けている。
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