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せっかくここまで来たから、と丸居さんが摩周湖まで連れて行ってくれた。
さっきまでの奇妙な雰囲気を変えようと、丸居さんなりに気遣ってくれたようだ。
でも…丸居さんは、微妙によそよそしい感じもする。
「どうぞ、着きましたよ」
丸居さんに促され、車を降りる。辺りは薄い霧に包まれていて、観光客の姿もない。土産屋さんは開店しているが…中にも人の姿は見えない。
「『霧の摩周湖』って言うだけありますね」
「霧の晴れた摩周湖を見たら結婚が遅くなる、なんて言われてますから、お二人はツイてますよ」
霧に遮られて柵の向こうの摩周湖は、ぼんやりとしか見えない。
ツイている、とも言い難い気がする。
車を降りてからも、稚鈴は無言だった。柵に体が擦れるくらい、間近で摩周湖を見据えていた。
「稚鈴…?」
稚鈴の様子が少しおかしい。俺の言葉に、稚鈴は静かに答える。
「湖と言うのは、万事も言っていたが霊魂が寄り付きやすい。それだけ霊魂には魅惑的に映るということだ」
「え、あ、あぁ…」
いきなり湖講座のようなものが始まり、曖昧な返事をしてしまう。
それに構わず、稚鈴は続けた。
「それは霊魂だけじゃなく、私達のような霊力を持った者も例外ではない。感じないか?体が清くなっていくような感覚を」
「…あ、言われてみれば…」
体が軽い。さっきまで白樺林の女のドス黒い霊気が纏わりついていたが、今はそれを感じない。
逆に通常より気分がよいことに、言われて気付いた。
「水は体の汚れを落とす。湖も同様だ。ここは『山の神の湖』と言うだけあって、霊験灼からしいな」
霧で殆ど見えない摩周湖を眺める稚鈴の表情は、どこか和やかなものに見える。
こいつ…こんな顔も出来るのか…。そんな感心さえしてしまうほどに。
「鬼灯、『カムイシュ』が見たくないか?」
「『カムイシュ』?」
「摩周湖の中央部にある小島の名前だ。アイヌ語で『カムイ』は『神』、『シュ』は『老婆』を意味する」
「神と…老婆?何でまたそんな名前なんだ?」
「アイヌには『口承文学』というものがある。これは文字によらず口頭のみで伝える文学のことで、伝説や呪術など文字で書き記せなかったもののことをいう。アイヌ民族に伝わる叙事詩『ユカラ』の一つにより、名付けられた」
難しい言葉の羅列を、噛むことなくスラスラと言っていく。俺の頭が理解していかない…。
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