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どれだけ必死で頑張っても…
私の主食は稗(ひえ)や粟(あわ)になった。
醤油や味噌といった調味料も使えないので、おかずは野菜の塩茹でのみだった。
45キロあった体重は、あっという間に30キロ台になり、寛をあやすのにも一苦労になっていた。
寛は、夜も20分以上眠る事は出来ず、とにかく痒がって泣いていた。
その度に私は、寛の全身にワセリンを塗り、痒がる場所を爪をたてないようにさすってあげなければならず、寝不足だった。
朝は朝で、家中の掃除機がけで、埃という埃を全て吸い取り、洗濯洗剤にも反応する寛の衣類を、重曹を使って洗濯をしなくてはいけなかった。
デザイン重視の衣服を着せる事は出来ず、手ぬぐいを縫って下着を作り、綿100パーセントの布で掻き毟り防止の服を作らなければならなかった。
アトピーに効くと言う温泉には、三日に一度は車で片道40分以上かけて連れて行った。そこでお湯を買い、ポリタンクに詰めて、普段の入浴にも使っていた。
水・漢方、寛の体質を治す為ならと、私は必死だった。
そんな生活は5ヶ月近く続いていた。
寛の肌は一向によくならなかった。
集団予防接種では、綺麗な肌を持った、寛と同じくらいの赤ちゃんの集団の中で、いたたまれない気持ちのまま、長い列の順番を待っても、寛を見て一回で接種を許可してくれる医師はいなかった。
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