夕立に相合傘

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「えっと、まずは野菜だな」 スーパーは夕食の買い物を急ぐ人で賑わっていた。 刺身のパックを両手に持って品定めをするおばさんや、野菜を見比べている子供連れの母親。限られた食費の中でどれだけ良い食材が買えるか。 ここは家計を預かる主婦たちの戦場と言っても過言ではない。 「おっ?」 そんな人の中を買い物カートを押しながら進んでいると、野菜コーナーに見覚えのある顔を見つけた。 ニンジンを手に持っている彼女は、優一と同じ明神学園のブレザーを着ている。 操よりも頭一つほど小さい身長からか、その姿はとても幼く見え、品定めをしている真剣な顔も、綺麗よりも可愛いという風に分類される。 間違いない。 立花千歳だ。 「立花さん!」 優一が声を掛けると、千歳はびくりと肩を震わせた。そして恐る恐る優一の方を見る。 「塚越君……」 「やっ」 優一は軽く右手を上げて千歳に近付いていく。 「奇遇だね。夕飯の買い物?」 「は、はい。お母さんに頼まれてたから……」 千歳は俯いてか細い声で答える。 学校でのやりとりと何ら変わりのない反応だった。 「偉いなぁ。今時の若い子にも見習ってもらいたいもんだ」 まるで年寄りのようなことを言う優一。 「い、いえ。そんな……」 千歳はみるみるうちに赤くなっていく。 もともと陶器のような白い肌をしているので、その変化は顕著に表れていた。 「じゃ、じゃあ私の買い物は終わったので!失礼します!」 がばりと頭を下げ、千歳は買い物カートをガラガラ言わせながら離れていく。 「あっ、ちょっと!」 優一が止める間もなく、千歳は野菜コーナーを左へ曲がっていってしまった。 「うーん……」 「ふられたわね。お兄さん」 優一が唸っていると、後ろに居たおばさんが話し掛けてきた。さっきのやりとりを終始見ていたのだろう。 いかにも世話好きという感じがする。 「あはは……」 別にそんなつもりがあったわけではない。しかし、下手に反論すると余計に首を突っ込まれる可能性がある。 優一は困ったように笑うしかなかった。
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