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「私、人と話すのが苦手というか、ついつい相手の顔色を伺っちゃうんですよね。今変なこと言ったんじゃないかとか、不愉快にさせたんじゃないかとか。
色々なこと考えちゃって、だからおどおどした口調になってしまって……」
どうやら本人は自覚もあり、良くないことだとも思っているらしい。
「治そうとはしてるんですけどねぇ。なかなか治らないもので……」
千歳は困ったようにため息をついた。一度形成されてしまった癖のようなものは、簡単には治せるものではない。
彼女はそれを身をもって実感しているようだ。
「うーん……。俺としては積極的になれとしか言えないな。一般論だけど」
優一は買い物袋を肩に掛ける。
「顔色ばっか伺ってたんじゃ相手もあまり気分は良くない。それに立花さん、今はちゃんと話せてるじゃん」
「あっ、そういえば」
千歳は優一の顔を見上げる。
「どうしてでしょう?」
「いや、俺に聞かれても……」
無垢な瞳を向けられた優一は返答に困ってしまう。
「す、すみません」
再び顔を伏せる千歳。
これでは元の木阿見だ。
「……あっ、そうだ」
優一は嬉々とした表情を千歳に向けた。
「明日の朝、俺に挨拶してみてよ」
「挨拶……ですか?」
「そうそう」
優一は大きく頷く。
「一日の始めは爽やかな挨拶から。さっきの感じを忘れなきゃいいきっかけになると思うよ。俺の斜め後ろのお調子者なんか、真っ先に食い付いてきそうだ」
優一には稔のニヤケ面が浮かんでいる。操がどんな顔をするかまでは見当がつかなかったが。
「そうですね……」
千歳は顎に手を当てて何やら考えているようだった。
「積極的に、ね?」
優一が背中を押す。
「……分かりました。やってみます!」
「OK。その言葉を待っていた!」
優一は袋を持った手で器用に自分の胸を叩く。
「不肖この塚越優一、立花さんのためなら、たとえ火の中水の中ですよ」
「ふふっ」
千歳は可笑しそうに笑う。
「塚越君、けっこう面白い人だったんですね」
「えっと……。それは誉めているのかな?」
「さぁ?どうでしょう」
重苦しい空気は払拭され、気持ち良い風が吹き抜ける。
雨はいつの間にか止んでいた。
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