夕立に相合傘

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「おや?」 稔が教室の入り口に目をやる。 そこに居るのは立花千歳。 学生鞄を両手で持ち、きちんとした姿勢で立っている。おしとやかさと上品さが漂ってくる。 「珍しいわね。彼女、あんまり喋らないんじゃなかったの?」 操も意外といった様子で千歳を見る。昨日の姿からは想像もつかない変わりようだった。 「……」 ただ一人優一だけが期待を込めた目で千歳を見ていた。 千歳は優一の視線に気がつくとニコリと笑いかけ、しっかりとした歩調で近づいてくる。 「おはようございます」 そして優一の隣、自分の席まで来ると、三人に向かって再び挨拶をした。 「おはよーさん」 優一は満足気に頷いた。 「おはよう!立花さん!」 なぜか嬉しそうな稔。 「おっ、おはよう……」 戸惑いを隠せない操。 「塚越君!出来ました!」 三者三容の反応を受け取ると、千歳は無邪気な子供のように優一に話し掛けた。 「うん。やればできるじゃん」 優一は我が子を見守る父親のような眼差しをしていた。 「なんだなんだ?お二人さん、何をしたんだね?」 双方の反応から判断した稔がニヤニヤと問う。 「別に。ちょっと人見知りを直すための秘訣を伝授しただけさ」 優一は至って冷静に答えた。 「ええー?なんか信用できねぇなぁ」 訝しげな稔。 「立花さん、本当なの?」 「秘密、ですよ」 千歳はパチリとウインクをしてみせた。 「うおっ!俺には眩しすぎる!」 どうやら稔は完全にノックアウトされたようだ。 (……なんかムカつくわね) 優一と千歳が仲良くしている。それが気にいらない。理由は……よく分からない。 操は言い知れぬ怒りに駆られていた。 「どうした?」 不機嫌さが顔に出ていたらしい。 前の席の能天気面が訊いてきた。 「別に」 ぷいと顔を背ける。 何だか今は、話したくなかった。 「……やれやれ。今日も厄日かよ」 優一が自分が原因であることに気付く日は多分――絶対に来ることはないだろう。
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