地に潜む者

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「この『ぬ』は完了の助動詞『ぬ』の終止形。打消の助動詞『ず』の連体形とごっちゃにしないように」 国語担当森本教諭の声が響く。 時は六時限目の古典の授業。昼食も終わって眠くなる時間だ。 現に何人かの生徒はこっくりこっくりと船を漕いでいる。 「接続は連用形接続、活用は『な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね』」 森本教諭は活用を言うときに数を数えるように指を折り、リズムを刻むように靴で床を叩く。 この行為は一部の生徒には笑い物にされているが、独特の分かりやすさがあるのでなかなか好評だったりもする。 「今日の授業はここまで。次回の授業で『ぬ』の識別の小テストをやるから、しっかり勉強しておくように」 森本教諭が教科書を閉じるのと同時に終業のチャイムが鳴る。時間に正確なのも彼の特徴だ。 「ぐへぇ」 優一は広げた教科書の上にへたる。 「どうした優一?いつもはちゃんちゃんと片付けるだろうに」 いつの間にか帰り支度を終えた稔が近寄ってきた。 「うしろから殺気めいたものが漂ってきてな……。なんか気疲れした……」 へたったまま優一はもごもごと答える。殺気の根源は言うまでもない。 「悪かったわね」 訊いてもいないのに操が不機嫌な声を上げた。 昼休みが終わってからずっとこの調子である。
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