地に潜む者

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この時期は夏の大会に向けて、運動部も文化部も精力的に部活動を行なっている。 実験棟には音楽室が設置されているので、主に吹奏楽部の活動の場だ。廊下や空き教室等からは様々な演奏や、メトロノームのリズムを刻む音が聞こえてくる。 その実験棟の一角。 錬金学研究室の前に優一と千歳の姿はあった。 「んじゃ、入りますか」 優一が引き戸に手をかける。 「ちょ、ちょっと塚越君!」 千歳が慌てて制止した。 「ん?」 「ちゃんとノックしないと……」 千歳が言う通り、教員が待機している部屋に入る時はノックをするのがマナーである。 「あぁ。それなら大丈夫」 しかし優一はしようとしない。 「俺はここに通いつめてるようなもんだから。それに水野先生はノックぐらい気にしないよ」 「はぁ……」 並々ならぬ優一の自信。 補習初体験の千歳は納得するしかなかった。 「んじゃ、改めて」 優一は勢い良く引き戸を開けた。 「うわぁ……」 扉の向こうの光景に千歳は感嘆の息をもらした。 ちなみに何に感嘆したのかと言うと、その散らかり具合にである。 乱雑に放置された実験道具。 指でこすれば埃が付きそうな机。 積み重ねられた学術書は妙なバランスでもって崩れずにいる。それはある意味で芸術と言えるだろう。 「せんせー。来ましたよー」 ごちゃついた部屋を器用に足場を見つけながら進む優一。千歳は慌てて後ろに続いた。 「おっ、来たか」 部屋の奥で机に向かっていた明子は、くるりと椅子を回転させた。 「毎度毎度ご苦労さん。しかしノックはちゃんとするように」 「善処します」 これもまた、いつものやり取りである。
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