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「やめろ!優一っ!!」
言われて初めて気が付いた。
自分が手を振り上げていることに。
「っ!」
自分まで怒りに任せた行動をしてはいけない。たとえいつもの操と違っていても、それだけはやってはいけない。
優一は自分の行為を恥じた。
「な、なによ!殴ればいいじゃない!!」
操は優一の行為に驚いたようだが、すぐさま払拭するように反駁した。
「殴って気が済むならそうすればいい!私の気持ちなんてどうせ分からないでしょ!!」
悲痛な叫び。
一体操が何を思ってるのか、優一には分からない。
「……」
優一は開いた手のひらを握り締め、静かに腕を下ろし、操に背を向けた。
「帰れ」
ぽっかりと開いた横穴を見つめながら、優一は言う。
「よく分からないが、お前がそんな奴だとは思わなかった。来たくなければ来なくていい。帰れ」
冷たく突っぱねるような言い方だった。
操はそれも気に喰わない。
「言われなくてもそうするわよっ!」
怒りに震えながら、操はもと来た道を歩き始める。
「桐生さん!ちょっと待ちなよっ!!」
稔の制止にも耳を貸さない。操は急斜面を下りていってしまった。
「おい!なにもあんな言い方しなくたっていいじゃねぇか!」
稔が声を掛けても、優一は背を向けたままだった。
「悪い。操のフォローをしてやってくれ。俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ」
優一は稔を振り返ることなく、暗闇の中に踏み込んでいった。
「あっ!おいっ!!」
こちらも操と同様、制止を聞く素振りすら見せない。
「クソたわけが!どうしてお前はそう不器用なんだよっ!!」
稔の叫びは、誰にも届かない。
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