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「桐生さん!」
顔に影が被る。
稔が心配そうな顔で自分を見下ろしていた。
よほど急いできたのだろう。大粒の汗を拭っている。
「高橋君……」
「遠くに行ってなくて良かったよ。さ、掴まって」
稔は操の手を掴むと、ゆっくりと引っ張って立ち上がらせた。
「ありがとう」
スカートのゴミを払いながら、操はおずおずと訊く。
「……優一は?」
「一人で突入してったよ。俺も行こうとしたけど、桐生さんを頼むって突っぱねられちまった」
それ以上のことは分からないと稔は肩をすくめた。
「そう……」
この期に及んでもまだ自分のことを心配してくれている。操は密かに嬉しく思った。
それと同時にのしかかってくる罪悪感。やはり自分は我儘な人間だ。
「助けに行かないのかい?」
突然そう問われた。
「え?」
「悪いと思ってるなら、助けに行かなきゃ」
稔はパチリとウインクをした。どうやら彼には全てお見通しらしい。
「うん……」
それでも、操はまだ逡巡していた。
助けに行きたい気持ちはある。けれど怒られるのは怖い。
自業自得なのは分かっている。だけど、あの優しい相貌が憤怒に歪むのを見たくなかった。
「だめだ……。私にはそんな資格ない……」
(っとに、不器用なんだからなぁ)
いまいち踏ん切りのつかない操に向かって、稔は引導を渡すように言い放った。
「怒られるリスクを回避して優一を失うのと、怒られるリスクを犯して優一との学園生活をエンジョイするの。桐生さんならどっちを選ぶ?」
「!!」
操は愕然とした。
優一がピンチなことに変わりはない。自業自得と分かっているなら、直ぐ様行動に移すべきだ。
目の前の出来事を怖がって優一を失う。
そんなのは、絶対に、
(嫌っ!!)
操はもと来た道を駆け上がっていった。
「優一にゃあジュースの一本くらい奢ってもらわなきゃな」
ため息をついて稔は嘆く。
「まーったく。割に合わない仕事だぜ」
しかし、その顔は笑っていた。
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