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「桐生さん」
千歳が自分の前に歩いてきた。
「……なに?」
何となく、気まずい。
つい口調がきつくなってしまった。
「今日はすみませんでした」
しかし、千歳は臆することなく頭を下げた。
「私が捕まってしまったばっかりに……」
「あれじゃあ避けろって言う方が無理よ。立花さんは悪くないわ」
本当に千歳は悪くない。むしろ非は自分の方にある。
分かっているからこそ、ついつい口調がきつくなってしまう。
「おいおい。謝るのは操の方じゃないのか?」
そこに水を差す人物が一人。
「え?ちょ、何言――」
「お前、助けに行きたくないとか言ってただろ?立花さんにはきちっと謝っとけ」
優一は意地悪そうな笑みを浮かべながら、きっぱりと言い切った。
「えっ?そうなんですか?」
驚く千歳。
その顔に不審の色はない。どうやら素直に驚いているようだ。
「い、いやね?もともと優一が悪いっていうか……。もー!高橋君!!」
狼狽している操はうまく説明出来ない。代わりに、事情を理解しているだろう稔に助けを請う。
「うーん……。桐生さんの気持ちは分からなくはないけどねぇ。ここはやっぱり、きちんと落とし前をつけといた方がいいと思う」
しかし稔は要請に応じることはなかった。やはり事情は理解しているのだろうが、味方にはなってくれないらしい。
「そんな……」
唯一の味方にも見離され、操は絶望の淵に立たされた。
「……なるほど」
そこに追い打ちをかけるように降ってくる、新たな声。
「な、なによ?」
壊れたロボットのようなぎこちない動きで首をねじり、操は声の主に向き直る。
「なんとなく分かりました。つまり『そういうこと』なんですね」
稔の発言を受けて、どうやら事情を理解したらしい。
千歳は深く深く頷いていた。
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