平凡な日常

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「ううう……。なんで貴重な夏休みにこんなことを……」 若干の涙声で千歳は本棚から本を取り出し、床に積み重ねていく。 「先生貢献先生貢献。二学期は練金学の成績が上がるかも知れないぞ?」 明子は千歳の横で積まれた本をビニール紐で縛り上げている。 分厚い本から薄い本、文庫サイズのものや図鑑サイズのものまで、全てをいっしょくたに見境無くまとめている。 「またまたぁ。どうせそんなことやる気ないくせに」 優一がその本を練金学研究室の外まで持っていく。 まるでバケツリレーのような連携で本が整理されている。しかし量が多いので、本人たちは減り具合を理解していなかった。 「ところで先生、そろそろ交代しませんか?」 再び戻ってきた優一は、明子が縛り上げた本の上に腰かけた。 「ん?何をだ?」 明子は手を止めず優一に訊く。 「だから、本を縛るのと運ぶのをですよ」 明子のまとめる量は凄まじい。さらにその見境の無さからバランスも最悪だった。 図鑑と図鑑の間から文庫本が零れ落ちたり、積み重ねた一番下に文庫本があったりと、運ぶ方には少々辛いものがあった。 「立花さんには作業を続けてもらうとして、俺たちは交代交代でやりましょうよ」 「おいおい。馬鹿を言うんじゃない」 優一の言葉を聞いて、明子の手がぴたりと止まった。 「か弱い女性にそんな埃にまみれた本を運べって言うのか?」 「か弱い女性?先生、寝言は起きてる時に言うもんじゃ――」 その時、優一の顔の横を何かが通過し、続いて背後の壁で轟音がとどろいた。 「……なんですか?」 見ると壁ぎわで国語辞典サイズの本が、バラバラに砕け散っていた。 「……」 窓から生暖かい風が吹き込む。 崩壊した本のページが風に舞った。 「時に塚越」 嫌な声がした。 首を無理矢理戻すと、明子が分厚い本を弄んでいた。 「口は災いの元という言葉を知ってるか?」 「……本、ゴミ捨て場に運んできまーす」 命の危険を感じた優一は、早々の退場を決意した。
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