平凡な日常

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「さっきの本にも書いてありましたよ。『無』を持つ人間は迫害の対象にあったって」 日本で言えば、「えた・非人」がそれにあたる。特異体質の人間を利用して幕府は民衆を掌握していたのである。 「なんつーか、今も昔も人間の考えることは、一緒なんですね」 そう言って、優一は寂しそうに笑った。 「……」 優一が過去にどんな仕打ちを受けていたのか、想像しなくても分かる。特別な何かを持っている人間は、必ず好奇の目にさらされる。それは、抗えない運命。 実際、優一がこの明神学園に入学出来たのも、「無」によるところがある。 それを知っているだけに、明子の胸は痛んだ。 「……お前は」 「はい?」 「お前は、辛くないのか?」 否。 辛くない筈はない。 そんなこと、訊くまでもなく分かることだ。 しかし、訊いている自分が居る。 なぜ、訊いてしまったのか。 明子には分からなかった。 「辛くなかったって言えば嘘になります。でも、だからこそ俺は、全ての属性の魔法を使えるようにしたんです。だって、それが『無』の力じゃないですか」 優一は自分の胸に手を当てた。 自分が人と変わってる。それを理由に卑屈になっても仕方のないことだ。なぜなら、周りの人間がそうさせるから。 しかし優一は、そうならなかった。 抗うことの出来ない運命を、むしろ彼は利用したのだ。 「……強いんだな。お前は」 「泣いて喚いてこの体質が変わるんなら、俺もそうしたでしょう。でもね、世の中そう甘くはないんですよ」 そう言った優一は、あからさまに顔をしかめた。 「なに悲壮な顔してるんですか。水野先生。似合わないから止めて下さい」 「ほざけ」 明子は眼鏡を指で上げた。 自分が優一を気に掛ける理由。それはもしかしたら、彼の持つ強さにあるのかも知れない。 「しかしな、塚越」 「はい?」 「誰も彼もがお前のような考え方を出来るわけじゃない。それだけは、どうか覚えていてほしい」 「分かってますよ。俺みたいな変り者、探したって見つかりませんって」 周囲が急に明るくなる。 雲が立ち退き、暑い日差しが再び照ってきた。 「早いとこ行きましょう?立花さん、待たせっぱなしなんだから」 「あぁ。そうだな」 二人は並んで歩き始めた。
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