平凡な日常

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「結局夕方まで掛かっちゃいましたね」 「あれだけの量だったからなぁ。致し方なし」 時は夕刻。 太陽は西に傾き、烏が山に帰る頃。 優一と千歳は朱に染まる坂道を下っていた。 「バイト料もこんなんじゃあな。けち臭いったらありゃしない」 優一は手に持ったスポーツドリンクを忌々しげに見た。 帰る矢先に明子が二人に放り投げてよこしたものだ。 しかもあまり冷えてないと来ている。恐らく買い置いて冷蔵庫にも入れなかったのだろう。 「ま、文句言っても仕方ないんだけど」 そう言って、優一はドリンクを呷った。 「うえっぷ。ぬるい!」 「ふふふっ」 分かっていて顔をしかめる優一を見て、千歳は可笑しそうに笑った。 「でも、何だかんだで手伝ってるんですね」 「ん?まぁね」 残りを一気に飲み干した優一は、ボトルのキャップを静かにしめた。 「何でかな。自分でも分からないよっと」 そのままボトルをくず籠に投げた。 ボトルは放物線を描いて飛んでいき。 ガコン という音を立てて籠の縁にヒットした。 「ありゃりゃ。どうやら俺には、バスケの才能は無いようで」 そのまま弾き飛ばされたボトルの方へ歩いていく。 千歳もそれに続く。 「まぁ世話にはなってるわけだし?お手伝いくらいならいいかなって」 ボトルを拾い、くず籠に入れる。 「さすがに新薬の実験なんて言ったら逃げるけどね」 優一は千歳に振り返り、笑いながら頭を掻いた。 (信頼してるんだなぁ) 自分自身、優一のことはまだあまり知らない。 優しくていい人。魔法は使えないけど、それを補うだけの知識がある。頼りになる。 精々そのくらいだろう。 しかし、明子は多分優一のことを知ってる。自分の知らないようなことを、色々と。 それが羨ましくもあり、悔しくもあり。 「うわ、立花さん?」 気が付くと優一の腕を引っ張っていた。 「駅前に美味しいクレープ屋さんが出来たんですって。今から一緒に行きませんか?」 疑問形だが引っ張ることは止めない。 「別に構わないけど……。だからそんなに引っ張らないで!」 「だめです。早くしないと売り切れちゃいますよ!」 もっと知りたい。 もっと話したい。 そして、自分のことも、もっと知ってほしい。 (だって……私は――) 空はどこまでも赤く、太陽も衰えを知らない。 明日も良い天気になりそうだ。
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