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「ところで皆の衆、今宵は夏祭りであるぞ」
ことの発端は、稔のこんな発言からだった。
「軽井沢から帰ってきて早々に何を言うかと思えば……。土産もこんなんだしな」
優一は机の上に置かれた小さな缶の筒を見た。
「七味唐辛子って、もっと他になかったの?」
さすがの操も呆れ顔だ。
「何を言うか!善光寺のお膝元で創業二百有余年を誇る老舗メーカーの七味唐辛子だぞ!そんじょそこらの七味とは訳が違う!!」
「ま、まぁせっかく買ってきてくれたんだから、有り難く貰っておきましょう」
拳を振り上げて熱弁をふるう稔を宥めるように千歳が言った。
当の千歳も素直に喜べない節があるようだが。
「……で、本題に戻るとだな」
宥められた稔は再び席につく。
彼が帰省の土産を渡したいとみんなを優一宅へ呼び寄せたのは、ついさっきのこと。当然優一には無許可で。
優一は虚を突かれたような顔していたが、不請不請に招き入れた。
そして現在に至る。
「今日は『千種川花火大会』だ。寂れた片田舎の町が一番盛り上がるイベントだぞ」
千種川花火大会。
その名の通り、一級河川千種川で行なわれる花火大会である。
メインの花火もそうだが、堤防添いの道には屋台が軒を連ね、県内外から見物客が来る一大イベントである。
「輝かしい青春の一ページにみんなで参加したいと思うのだが、どうだろうか?」
稔は皆を見渡す。
「いいじゃない。みんなで行ってきなさいな」
まず初めに声を上げたのは、お勝手から麦茶を運んできた綾香だった。
「みんな勉強とかで疲れてるでしょ?たまにはリフレッシュしてきなさい」
そう言って麦茶を置いていく。
「去年は稔と二人で行って悲惨な目にあったが……」
優一が麦茶を一口含む。
「華が二人も居れば、今年は楽しそうだな」
「一体何を期待しているのかしら?」
そういう操も口元がゆるんでいる。
「ま、そこまで期待されたんじゃ行かないわけにはね。私も参加」
「わ、私も行きたい……です」
千歳も語気は弱々しく、しかし意志をしっかりと表明した。
「うむ。大変結構」
一同の意志をしっかりと認めた稔は、どこぞの重役のように偉そうに頷く。
「多分みんな色々と準備があるだろうから、今日の七時に千種駅に集合!遅れたら置いていくかんな!」
こうして一行は夏祭りに向かうことになった。
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