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「ごめんごめん。電車がなかなか混んでてなぁ。……ん?」
駆け寄ってきた稔は訝しげな目で優一を見た。
「お前、なんで普通の服なんだ?」
「他に無かったから。そういうお前は甚兵衛なのか」
「おうっ!江戸っ子だろ?」
稔は黒の甚兵衛羽織に草履という出で立ちだった。なかなか様になっているところが憎らしい。
「今日は私も浴衣なんだけど」
横から操が躍り出る。
濃紺の浴衣に、髪は括って横の方に垂らしている。
元より育ちは良く気品に溢れる彼女だが、今日はそれに一層磨きがかかり、お淑やかで美しかった。
「ほう。なかなか似合ってるじゃん」
優一はどこぞの評論家のように顎を擦りながら感想を述べた。
「……それだけ?」
不満そうに口を尖らす操。
「もっと『可愛い!』とか『綺麗!』とか『操様最高!』とかないの?」
「お前なぁ……」
「わ、私も!」
続いて千歳が声を上げる。
「私も、浴衣なんです!」
彼女は紅の浴衣に身を包んでいる。
髪は三つ編みに結い上げ、それがまた堪らなく似合っていて、いつもの幼さがさらに際立っているというか、なんというか。
「ど、どうでしょう?」
浴衣に負けないくらい頬を上気させ、上目遣いに感想を求めてくる千歳。
「……ごめん。それは犯罪」
「はい?」
優一の意味不明な返答に、千歳は首を傾げた。
「まぁまぁ。浴衣談義はそれくらいにして」
すっかり置いてけぼりになっていた稔が手を叩く。
「とりあえず河川敷まで行こうぜ。話はそれからでも遅くはない」
「そうだな。俺だけ何だか浮いてるが、気にしないことにしよう」
左端に黒の甚兵衛、その隣に普段着の男、その男を挟むように濃紺の浴衣と紅の浴衣が陣取り、一行は歩き始めた。
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