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「もう少しで花火が始まるな」 稔が腕時計で時間を確認する。 「そろそろ河川敷に降りようか」 「そうですね」 答えて千歳は手に持った綿飴を頬張った。 「わぁ。甘くて美味しいです!」 そして満面の笑みを浮かべる。 「立花さん、そうやってると小学生みたいだ」 クスクスと笑いながら千歳を指さす稔。 笑われた千歳は目を三角にした。 「それは私が幼いって言いたいんですか?」 「わっ、ちょっと立花さん」 「そうですよね。私も前からそう思ってました」 慌てる稔を尻目に千歳はまくしたてる。 「どうせ私なんか背も低いし、胸もないし、見るからに小学生ですよね。高橋君はそう言いたいんですよね」 「んだ、だからそうじゃなくて……」 フォローを入れようとするが、時すでに遅し。 「もういいです」 千歳は身を翻し、一人で歩きだしてしまった。 「ちょっと待ってよ!」 稔は慌ててその後を追う。 「俺が悪かったって!何でもするから許してくれ!」 回り込んで千歳の顔を見る。 「げっ」 そこにあったのは、あだめいた微笑。 「何でもしてくれるんですね?」 微笑をそのままに千歳が訊いてくる。 ひと芝居打たれた。しかし、後悔してももう遅い。 「……男に二言はない。もう好きにしてくれ!」 降参という風に肩をすくめて、稔は千歳の横についた。 「さすが高橋君、男らしいですねぇ」 あだめいた微笑が意地悪な微笑みに変わる。それは鼠を追い詰めた猫のような雰囲気を醸し出している。 「それじゃあ、またお祭りに誘ってください。今度は高橋君の奢りで!」 意地悪な微笑みが瑞々しい笑顔へ。 今日の彼女はころころと表情を変える。 「なんだ。そんなこと……」 稔はほっと胸を撫で下ろす。そして直ぐ様反撃に転じた。 「しかしなぁ。それは頼む相手が違ってやしねぇかい?」 ほんの軽い気持ちで言った一言。照れとか、受け流しとか、そういう答えが帰ってくると稔は思っていた。 しかし千歳は、何かのスイッチが入ってしまったかのように、突然足を止めてしまった。 「……立花さん?」 返答はない。 ただ、顔を伏せている。 周りの人々が迷惑そうに避けていく。 「……そう、ですね」 しばしの沈黙の後に返ってきたのは、雑踏にかき消されそうな程にか細い、小さな声。
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