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夜空に咲く、大輪の花。 どの星々よりも明るく、美しく、そして、どんな可憐な花よりも、はかない。 ただ一瞬を謳歌し、潔く散る。 言ってしまえば、ただの火の塊。しかし人間は、そんな火の塊に魅了され、圧倒される。 「綺麗……」 操もその一人。 花火など珍しいものではない。毎年毎年、見ることが出来る。そして、毎年毎年、同じ台詞を言う。 これを魅了と言わずに何と言おうか。 「すごいですね」 千歳は目を大きく見開き、花火に負けないくらいに輝かせている。 百花繚乱たる夜空を、その瞳にしっかりと焼き付けているようだ。 「たーまやー!」 稔は両手でメガホンを作り、空に向かって声を飛ばす。 無邪気な姿だが、なかなか様になっている。 「……」 優一はただただ、黙って空を見上げている。 「綺麗ね」 「……あぁ、まったくだ」 表情は至って穏やか。 「俺さ、夏ってのはいまいち好きじゃないんだが、花火は大好きなんだよな」 「そう」 いかにも彼らしいコメント。聞いた操も穏やかに笑った。 「私もよ」 そして目に入る、地面についた優一の手。自分の手のすぐ隣にある。 少し動かせば、自分の手を重ねられる。握れる。そうしてしまいたい衝動だってあった。 「花火、大好き」 でも、やらなかった。出来なかった。 距離にすれば、たかだか数センチ。でもそれは、とてももどかしく、とても遠く感じられる距離。 その距離を越えることが出来なかった。 だから操は、自分の手をそっと膝の上に置いた。 ……ドーン また一つ花が咲く。 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
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