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河川敷は大パニックに陥っていた。
逃げ惑う人々。
はぐれる親子。
倒れる女。
踏まれる男。
一体何が起きたのか。皆分からない。
混乱が混乱を呼び、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
「……何が起きた?」
優一はその光景を見下ろし眉をひそめた。
「お、おい。よく分からないが、逃げたほうがいいんじゃないか?」
「そ、そうですね。ここだって危なそうです」
「……優一?」
現に周りの人間たちは訳も分からないままに逃げ始めている。残っているのは優一たちだけと言っても過言ではない。
三人がうろたえるのは無理もなかった。
「落ち着け。こういう時に一番恐いのは、パニックに陥ること。うろたえるんじゃない」
諭すように言う優一の目は、ずっと逃げ惑う人々を見ていた。
人の流れは上流から下流の方へと続いている。まるで何かに追われるかのように、急き立てるように、めまぐるしく。
「……あれか!」
視界の端に捉える元凶。
それは一人の男。
白いTシャツも、青いジーンズも、真紅に染まっている。おそらくは鮮血。
手には何かを持っている。小さくてよく見えないが、刃物と見て間違いない。
そして、逃げる人々を、半笑いのような表情で追い回している。
「っ!!」
何が起きているのか、言葉にしなくても分かるだろう。男が辿ってきた道には、倒れている人が多数居る。
俯せに倒れている者。
うずくまって動けない者。
肩を押さえて顔を歪めている者。
いずれもが出血している。それもかなりの量だ。
そして、男はまた一人女性を捕まえると、手に持った刃物を突き立てた。
「うっ!」
「そんな……」
「う、嘘だろ!?」
その光景を目の当たりにしてしまった。
千歳は顔を背け、操は口元に手を当てて凍り付き、稔は戦慄する。
「……」
ただ一人、優一は男を睨み付けていた。
拳を震える程に握り締めて。
男は次の獲物を見つけるべく辺りを見渡す。
そして――
目が、合った。
男は凶悪な笑みを浮かべると、こちらに向かって走りだした。
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